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ママが子育てを大変だと感じる本当の理由。休む暇がないことが大変なんじゃない!!!

2017/02/21 UPDATE
 
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LICOです。

今2ヶ月のトウくんがまだお腹の中にいた頃、友人の結婚式に参加し、その結婚式終了後、式に参加していた同級生とご飯を食べに行ったことがありました。

その食事の席にその年結婚した男友達がいて、みんなでその男友達の結婚生活の話や奥さんの話などたわいもない話をして盛り上がっていました。

そんな時誰かが言いました。

「お前、子どもは?」

と。

そしたらその男友達はこう答えました。

「子どもはしばらく考えてないんだ。うち共働きで奥さんも働いてるし。奥さんは子ども欲しいって言ってるんだけど、俺はまだいいかなって。

俺、周り見てて思うんだけど、女の人って自分が子ども欲しいって言ったくせにいざ生まれると大変だ、大変だって文句しか言わなくなるだろ?自分で望んで仕事辞めて子育てに専念したはずなのに子育てつらいって言うのなんかおかしくない?

それに「子育てしてるとゆっくり座って休む暇もなくて大変だ」って本当によく聞くけど、でもそれなら俺たち男だって仕事してて座って休めるのなんか昼の1時間の休憩くらいだよ?

それなのに「私の方が大変」とか「あなたは好き勝手できていいわよね」とか言ったり旦那の文句をママ友とかに言ってるのって理解できない。

だから俺は奥さんが子育てを大変だって言わないくらい自分で責任持てるようになるまで子どもは考えてないんだ。」

と。
 
 
その話を、独身の子たちや結婚したけどまだ子どものいない女友達、結婚して子どもがいる男友達たちはふんふんと聞いていました。

結婚して子どもがいる女は私だけだったので、

「ねぇ、ママちゃんはどう思う?」

と話を振られたりしたけど、その男友達が言いたいことも分からなくもなかったので(実際、自分の環境に文句ばかり言うママもいるので。。。)、その場は私も適当にふんふん言って話を聞いて過ごしました。

それでもものすごく釈然としない気持ちがこころにあって、とりあえず

「この男友達と結婚しなくてよかった」

とだけ思って話を聞いてました。笑

まぁ向こうも私なんて願い下げでしょうが。笑
 
   
その場では、自分がなぜ釈然としないのか自分でも分からなくて、男友達の話に反論することはしなかったけれど、男友達の言い分も分かるのに、なんでこんなにもやもやして釈然としないのかなぁと、私なりにその後ずっと考えてました。
 
 
そして 気付いたんです。

子育ての何が大変なのか
ママたちが子育ての何を大変だと感じているのか

その本質をちゃんと理解されてないからだ

と。

 
男友達は言ってました。

「子どもがいると座って休む暇もないって言うけど、男だって座って休めるのは昼の1時間だけだ。」

と。

確かにそうだと思います。

仕事していても、休む暇もなく身を粉にして働いてる人は大勢いるでしょう。睡眠も満足に取れずに働き続けている人だってたくさんいます。

でも、ママたちが子育ての何が大変だと思っているのか。
 
 
それは、休む時間がないことや睡眠不足という“時間”という概念ではないんです。


子育ては、自分の意思とは無関係に自分のやろうとしていたこと・したかった行動を子どもに遮られることの連続です。


「ご飯を食べ終わるまでイスに座って食べる」
「トイレに普通に入って用を済ませてからトイレを出る」
「洗濯物をお昼までに外に干す」
「市役所に普通に電話をかけて、話し終わったら電話を切る」

など、自分のしたいことを自分の意思に反して途中で他者によって遮られること、そして、自分がやりたいことをしている途中で予定外に別のやらなければならないことが次々に舞い込むことがこんなにフラストレーションが溜まるものだということを、私も子育てをするまで知りませんでした。
 
 
だから、同じ睡眠3時間でも、3時間後に起きると自分で決めて自分の意思で起きる3時間と、自分の意思とは無関係にいつ起きるか予測できない子どもの泣き声で無理矢理眠りから起こされる3時間は違うと言いたい。

同じ昼間の休憩1時間でも、自分のやりたいように過ごせ、すべてを自分の思い通りに行動を完了させることの出来る1時間と、自分のやりたいことがあっても途中で子どもに呼ばれたらどんなにやりたいことが中途半端で、気持ち悪くても子どものもとへ駆け寄り終わってしまう1時間は違うと言いたい。

自分の行きたいタイミングで用が済むまで便座に1人でゆっくり座っていられるトイレと、どんなにゆっくり入っていたくても、ドアの前で「ママー!」と泣いてる子どもの泣き声を聞きながら慌てて入るトイレは違うと言いたい。

自分の食べたいものを自分の食べたいタイミングできちんと最後まで座って食べられるお昼ご飯と、食事の途中でも「おしっこ!」「ウンチ出た!」「牛乳ちょうだい!」「フォークがいい!」と言われる度に席を立ち、子どもに食べさせ終わってから食べる冷めたお昼ご飯は違うと言いたい。
 
 
でも、それって本当は当たり前なんですよね。だって別人格の人間を相手にしているわけですから。ママのやりたいことが全部叶わなくなるのは仕方のないことだと思います。

それでも、なぜ自分の行動を途中で遮られることがこんなに苦しいと感じるのか、私なりに考えたんですが、それって
 
 
達成感を得られないから。
やり遂げる喜びを実感できないから。
 
 
ではないかと思ったのです。
 
 



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