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特攻隊に出陣する教え子から遺書を送られた先生の話

2017/02/21 UPDATE
 
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  • 徳永先生は、熊本県の歴史始まって以来
    30代の若さで小学校の校長になられたほど
    優秀でしたが

    「教員の仕事は

     教壇に立って教えることだ」

    と5年で校長を降り
    自ら志願して一教員に戻った人でした。

    だから、どの学校に行っても
    校長に嫌われるんですね。

    自分より実力が上なものだから。

    それで2年ごとに
    学校を出されてしまうんだけど
    行く先々で教師たちが一番敬遠している
    難しいクラスを受け持って
    みんなを勉強好きに変えてしまうんです。

    徳永先生は、昼飯を食べない人でした。

    なぜ食べないかというと、終戦直後
    昼の時間になると
    弁当を持ってこられない子供たちが
    さーっと教室からいなくなる。

    それでひょっと校庭を見たら
    その子たちが遊んでいたんです。

    その時から、自分もピタッと
    昼飯を食べるのを止めて
    その子たちと楽しい遊びをして
    過ごすようになりました。

    以来、昼飯はずっと
    食べない人生を送るんですよ。

    晩年になっても。
     
     
    これは戦前の話ですが

    「明日は工作で切り出しナイフを使うから
     持っておいで」

    と言って、児童たちを帰したら、次の日の朝

    「先生、昨日買ったばかりの 
     ナイフが無くなりました」

    という子が現れました。

    先生は、どの子が
    盗ったか分かるんですね。

    この生徒は、兄さんがすばらしく頭がよく
    いつも家で比較されて
    偏愛の中で冷たく育っておりました。

    学用品を買うのにも

    「馬鹿タレ、勉強もできんものが
     何を金が必要か」

    と叱られるのです。

    「あの子ではなかろうか」と
    暗然とした徳永先生は考えて
    一つの方法をとりました。

    昼休みの時間
    中には運動場に出ない生徒もいますが
    この日は全員を
    運動場に出して遊ばせました。

    それで、全員外に出して遊ばせているうちに
    盗ったと思われる子供の机を見たら
    やっぱり、持ち主の名前を削り取って
    布に包んで入っていました。

    先生は、すぐに学校の裏の文房具屋に走って
    同じナイフを買い盗られた子の
    机の中に入れておきました。

    子供たちが教室に帰ってきた時

    「おい、もう一度
     ナイフをよく探してごらん」

    と言うと

    「先生、ありました」と。

    そして

    「むやみに人を疑うものじゃないぞ」

    と言うんです。

    その子は教室の一隅から
    うるんだ眼で先生を見たといいます。

    それから時代が流れ、戦時中です。

    特攻隊が出陣する時
    みんなお父さん、お母さんに書くのに
    たった一通
    徳永先生への遺書があったのです。

    それは、あの日
    ナイフを盗った子からのものでした。

    「先生、ありがとうございました。

     あのナイフ事件以来
     徳永先生のような人生を送りたいと
     思うようになりました。

     明日は、ポーランジャの空で
     僕は見事に戦死できると思います。

     その前にたった一言
     先生にお礼を申し上げたい。

     あの時に、先生はなんにも言わないで
     僕を許してくださいました。

     死の寸前になってそのことを思い出し
     『先生ありがとうございました』
     とお礼を申し上げます。

     どうぞ先生、体を元気にして、
     僕のような子供をよろしくお願いします」

    というのが絶筆でした。

    彼は昭和19年5月12日
    ニューギニアのポーランジャの空中戦で
    戦死しました。

    若冠十九歳でした。

    教え子から遺書を残された徳永先生
    愛しい教え子を
    死地に送り出さねばならなかったこの時代
    徳永先生は、深い悲しみに沈みこみました。

    徳永先生はあの時
    自分が彼と同じ境遇におかれたら
    これ以上の荒れ方をするだろうと
    考えたそうです。

    「どうしてあの子を

     怒ることができただろうか・・・」

    と。

    今、その教え子の墓前には
    先生が植えた八重クチナシが
    大きく育っています。


  • ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    先生はどういう気持ちで
    この遺書を読んだのでしょう…

    彼の遺書からも
    人の気持ちがわかる一途で真っ直ぐな
    教員人生を貫いた先生の姿が想像できます。

    先生に限らず
    人の気持ちがわかる人って
    心から尊敬します。

    このお話が多くの人に届きますように…



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