世の中は沢山のいいね!があふれてる。

勇気のある行動に感動…

2017/03/06 UPDATE
 
284,286 views

  • ※画像はイメージです。
  • 出典: i2.wp.com
  • 激しかった雷雨は小雨に変わっていた。

    家庭教師のアルバイトからの帰り
    大学生の伊賀崎俊(22)は
    千葉県と都心を結ぶ
    私鉄・北総線新鎌ヶ谷駅のホームにいた。

    2003年9月4日午前零時20分。

    5分前に着くはずの電車はまだ来ない。

    雷雨によるダイヤの乱れは続いていた。

    終わったばかりのサッカー合宿の内容を
    携帯メールでやり取りしていると
    男性のふらつく影が視界をよぎった。

    酔っていた。

    崩れるように1メートル下の線路に落ちた。

    ホームには二、三十人いたが動かなかった。

    いつ電車のライトが迫ってくるか知れない。

    が、意を決して飛び降りた。

    男性はレールの間に倒れ動かない。

    上体を抱き起こす。

    「重い」と感じた時
    乗客の一人が降りてきた。

    渾身(こんしん)の力でホームに押し上げた。

    男性は腕を骨折していた。
     

    翌日、同県印西市の自宅で
    俊の話に母の真理子(50)は

    「何てことしたの。

     非常ベルもあるじゃない」

    としかった。
     

    2001年1月に起きた
    JR新大久保駅の事故が脳裏をかすめた。

    ホームから落ちた人を救おうと
    二人が飛び降り輪禍の犠牲になった。

    俊は生まれつき耳が聞こえない。

    聴覚障害では最も重い2級だ。

    珍しく言い返した。

    「人が倒れているのに
     ほったらかしにするのか」

    俊は京都府八幡市で生まれた。

    三人兄弟の二男。

    生後六か月の1981年冬
    「感音性難聴」と診断された。

    〈音のない世界〉の宣告。

    絶望の中で真理子は
    息子を抱いて施設に通った。

    当時の補聴器は
    服の下につけても人目についた。

    ふびんに思い
    外出する時はたまらず外した。

    ある日

    街で同じ障害を持つ女児を見かけた。

    補聴器がワンピースの上にあった。

    衣服のすれる音が
    入らないようにするためだった。

    「一体、私は何をしてるんだろう」

    自分を恥じた。

    「強くなろう。

     この子を育てていくんだ」


    「お前の言葉は分からない」

    千葉に転居し小学校に上がった俊に
    「宇宙人」というあだ名が付いた。

    会話に入りたくて
    唇の動きから言葉を追いかけても、
    そのスピードについて行けない。

    家に入る前に何度
    悔し涙をぬぐっただろうか。

    それでも、教科書をなぞって
    進み具合を教えてくれる友人がいた。

    しかし、予備校では孤独だった。

    受験生に自分の相手をする余裕などない。

    社会に出ればもっと厳しい現実がある。

    不安が募った。

    大学に入った年
    それを察していた母に
    災害救援ボランティアの講習を勧められた。

    俊は思った。

    いろんな人に助けられて生きてきた。

    が、いつまでも頼っていていいのか。

    せめて自分の身は自分で守りたい。

    そして一人で生き抜く力を身につけたい。

    講習の合宿に参加した。

    人を助けたことはなかった。

    言葉が伝わるか、
    ラブルになったら――という思いが先に立ち
    困っている人を見かけても動けなかった。

    ここを乗り越えれば
    自分の足で立っていける。

    障害者にもできるはずだ。

    止血法や蘇生(そせい)法を習得し
    「セーフティリーダー」に認定された。

    短い期間ではあったが自信を得た。

    何があっても対応できる
    明日(あした)へと踏み出せる気がした。

    新鎌ヶ谷駅で転落を目撃した夜
    その時が来た。

    周囲を見回した。

    誰も動かない。

    「俺(おれ)が行く」

    決断した。

    救助の鉄則を反芻(はんすう)した。

    自分の安全を確保して行動に移る。

    線路脇に退避所があるのを確かめた。

    小学一年からサッカーを続け
    体力には自信があった。

    1,2分あれば。

    「助けるんだ。大丈夫だ」

    自分の声をはっきりと聞いた。

    救助から10分後に電車は来た。

    名前も告げずに立ち去った。

    「俺って、人の命を救えたよな」

    確かな手応えをつかんだ。
     

    半月後、真理子は突然
    男性の妻から電話を受けた。

    「主人に万一のことがあれば、
     私たち家族は路頭に迷うところでした。

     何とお礼を申し上げていいか」

    男性の妻は事故の翌日
    誰が助けてくれたのか駅に尋ねた。

    ポスターを張って俊を探し出した駅から
    数日後に連絡があった。

    面倒を避け厄災を恐れて
    人とかかわろうとしない時代。

    駅員が救助したとばかり
    思っていた妻は、驚いた。

    「事故を知らせる人はいても
     まさか、そんな人がいるなんて」

    ただ、ただ頭が下がった。

    夫が治れば伺いたい。

    その前にどうしてもと
    電話をかけたのだった。

    幾度も幾度も繰り返される感謝の言葉。

    真理子は息子をしかったことを悔いた。

    人の役に立ってほしいと願ってきた息子が
    一人の、一家の命を救った。

    誇りに思った。

    「もし、もしも俊の耳が聞こえたら
     この電話を聞かせてやりたい」

    真理子は切実にそう思った。(敬称略)
     

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    俊さんの行動に
    素晴らしいと共に尊敬します。

    私がこの場にいたら
    とっさにこの様な行動が取れるのか。

    考えさせられました。

    周りで何が起きていても
    無関心になりがちな世の中
    命をかけた彼の勇気に
    頭が下がるばかりです。



コメント

関連する記事

世の中には、こんなにたくさんの『いいね!』があふれている。

PICKUP

ピックアップ

Ranking

ランキング

人気のキーワード

いま話題のキーワード