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タモリさんの成功へのスタートは、ホテルの半開きのドア。

2017/02/21 UPDATE
 
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  • 画像元:girlschannel.net


  • 早稲田大学を中退したタモリさんは、

    故郷の九州に帰り、

    いろんな仕事を転々とていたそうです。

    保険外交員を3年務め、ボーリング場の支配人に。

    ボーリングのブームが去った後は、

    喫茶店の支配人に、その後はガードマン、

    絵画のヌードモデル、さらにはヘビ使い、

    ヒモみたいなこともやってたそうです。

    明らかに変な人だったし、

    社会人的には落ちこぼれに属する人でした。

    30歳になる頃には、

    さすがにこれでいいのだろうかと、

    自問自答することもあったそうです。

    「タモリ」というダイヤモンドの原石が

    発掘されたのは、ほんの少しのきっかけに

    過ぎませんでした。
     
     
    ある日、タモリさんは知り合いとホテルで飲んで、

    廊下を歩いて帰るところでした。

    ある部屋から賑やかな音が聞こえてきました。

    「何だろう?」

    鍵がかかってなかったので、

    タモリさん思わず扉を開けてのぞきました。

    このときダイヤモンドは輝きだそうとしています。
     
     
    そこはドンチャン騒ぎの真っ最中。

    ゴミ箱をかぶって虚無僧に扮した人が、

    歌舞伎の真似ごとなどをしていました。

    それを見たタモリさんは、ハッとしました。

  • 「俺の感覚と同じじゃないか。
     
     これは俺を呼んでいる!」


  • 虚無僧の真似をしてる人の頭から

    ゴミ箱をとり上げ、

    自分も一緒に踊り始めたのです。

    突然乱入したタモリさんを、

    ひとりが冗談のインチキ中国語でなじりました。

    そうすると、タモリさんは、

    それより数段うまいインチキ中国で返答。

    そこの一同と一瞬にして意気投合したそうです。

    その一同とは、ジャズピアニストの

    山下洋輔さんとそのメンバーだったのです。

  • 出典元:superboy column


  • その夜は、山下さんとタモリさん、

    名前を名乗っただけで別れたのですが、

    山下さんたちは、どうしても

    あの日のタモリさんのことが

    忘れられませんでした。

    それほど、そのときのダイヤモンドの原石は

    衝撃的で魅力的だったのでしょう・・・。

    そこから、多くの人を巻き込む

    タモリ探しが始まります。
     
  • 「面白いヤツが博多にいる!あいつにもう一度会いたい」


  • その場に居合わせた人たちは

    「森田」探しをすることになります。

    手掛かりは、

    「博多にいるジャズ好きの森田という苗字の男性」

    これだけです。

    博多で最も有名なジャズ喫茶にたずねたところ、

    常連に同じ名前の人がひとりいる。

    それが、なんとタモリさんでした。
     
     
    幻の素人芸人だったタモリこと森田一義は、

    山下さんたちを中心とした

  • 「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」


  • カンパによって上京を果たことになります。

    早稲田大学を抹籍になって

    “都落ち”を味わって以来、

    実に7年ぶりのことでした。

    そして最初に住んだのは、

    仲間の2DKの都営住宅に「居候」。

    「でも1週間くらいしかいなかった。

    というのは僕の母が電話をかけてきて、

    たまたま彼が取っちゃった。

    ウチの母親は潔癖症なもので、

    見知らぬ男がいることを許さなかったんだ」

    その後のタモリは知人の家を転々とし、

    やがて、師と仰いだ赤塚不二夫宅に

    「破格の待遇」で居候生活。

    住居は4LDKの高級マンション、ベンツは乗り放題で、

    さらに赤塚から月20万円の小遣いまで支給されます。

    こうして得た居候生活の極意とは

    「卑屈になるな」だったそうです。

    ちなみに、赤塚先生は、タモリさんには

    豪華マンションを提供しながら、

    ご自身は、事務所のロッカーを

    横倒しにして寝てたそうです。

    タモリさんはこう言ってます。

    「そのことに気づいた時には、

    グッとこみ上げるものがあったんだけど、

    ここでグッときたら居候道に反すると

    思ってこらえましたね。」

    ところでこの話、

    人生にはひょんなことから、

    扉が開かれることを

    示唆しているように思えます。

    後になって振り返ると、

    ああ、あそこが自分の人生の扉だったのか、

    と言えるような出来事が

    どなたにもあろうかと思います。

    そんな扉って、本当にそれが扉であることに、

    気付きにくいような入り口になっているようです。
     
     
    『俺の人生の扉

     ドアは、あのホテルのドアだった。

     あれを開けると開けないでは

     人生が変わっていた』
     
     
    ダイヤモンドが輝きだす瞬間だったのでしょう。

    その後、そのダイヤモンドは

    日本のお昼のひとときに

    笑いという光を照らし続けることとなります。

  • 出典元:yuru2club.com

  • ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    人生の転機って
    どこで訪れるかわかりません。

    「チャンスの神様には前髪しかない」

    という有名な話があるように
    その転機がチャンスであろうとなかろうと

    何事にも積極的に行動することが
    チャンスをつかむ
    第一歩なのかもしれませんね!



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