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「もう灰色のクレヨンは使わないよ!」幼少期の子どもの心を映すクレヨンの色に心打たれる…

2017/02/21 UPDATE
 
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  • 1990年12月半ばの夜明け頃に長男が生まれた。

    助産師さんが夫に電話しても出ないため
    私の母に起こされて夫がやって来た。

    眠たそうで正直あまり嬉しそうな顔ではなく
    母に起こされた事に苛立っている様子だった。
     
     
    初めての子育ては
    何をどうして良いか全くわからず
    育児雑誌を読んだり
    母親学級や助産師さんから
    教わったことを頼りに
    何とかその日その日をこなすのが精一杯…
    母乳を飲ませると
    そのまま途中で寝てしまう。

    もうお腹いっぱいなのかな?と
    ベッドに寝かせると
    起きて泣き出す。

    そんな
    がむしゃらな毎日だったが息子は日々
    成長しそれを写真に撮ることと
    育児日記をつけることが楽しかった。

    これは
    まだ息子が私達夫婦が共に暮らし
    毎日が平穏で幸せと呼べる時だった頃の話。
     
     
    息子が一歳半の時
    夫の実家で初節句のお祝いが行われた。

    民宿を営んでいたため
    大広間に親戚や民宿組合の方々や
    ご近所さんなど100名近くが招かれていた。

    息子は初節句用に着物を着せられ
    100名近くの一人一人に抱っこされ
    人見知りも始まっていたため
    ワンワン叫ぶように泣いていた。

    私まで可哀想で泣けてきた。

    幾ら風習だからとはいえ
    なにも泣き叫んでいる子供を
    たらい回しにすることはないだろうと
    怒りも湧いてきた。

    それでも大人達はやめようとはせず
    夫に泣いて頼んだが
    最後まで息子を私のところには
    帰してはくれなかった。

    私達夫婦は結婚前にある約束をしていた。

    その約束とは
    私は両親が40過ぎてからの子供で一人っ子。

    せめて両親を見送るまでは
    近くに住まわせて欲しいということを話し
    彼も納得してくれたのだった。

    義父母はその頃まだ50を過ぎたばかりで
    うちの両親を見送ってから帰っても
    遅くはないと言ってくれていたのだ。

     
    しかし…

    初節句のお祝いの頃を境に事態は急変し
    職場や私の両親に義父からの嫌がらせと思われる
    電話や手紙が送られるようになり
    二人の実家の中間に引っ越して
    住み込みで夫婦で働ける寮の賄いの仕事に就くことになった。
     


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